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2019.08

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元寇時の元軍・南宋軍の編成・装備 

http://www.geocities.jp/shokatusei/nansong/04.html
>宋朝の対面する主要な敵は北方王朝の騎兵であることにより、大部分が弓弩手で、少ない部分が槍手、刀手で、その他に少量の火器兵の配属があった。
>後、南宋の時代になると、火器が増加し、砲兵の数も増加したが、弓弩手を歩兵の先頭におく構造はまだ改変されなかった。

南宋軍は近接戦用の兵が少ないと言うから
船上の白兵戦では容易にやられたと言う事かも知れぬし
日本の楯を並べる楯突戦に対して弓は余り有効では
無かった訳だろうか


http://www.teamrenzan.com/archives/writer/matumura/post_226.html
>重騎兵は、通常、皮革製の鎧、状況によって敵軍から奪った鎖製の完全な鎧を着用し、当時のビザンチン帝国の騎兵や中国騎兵が着用していたものと同じような兜をかぶっていた。
>重騎兵の乗馬にも皮革製の鎧を着せていた。重騎兵の主武器は槍(ランス)であった。
>1個師団の60パーセントを構成する軽騎兵は、兜を着用していたが鎧を着ていなかった。しかし、その運動性はきわめて軽快で、あらゆる地形を克服し戦闘することができた。

モンゴル騎兵の4割は皮甲を装備して居たと言う事なのか
どうかだが
馬甲迄4割有ったのかどうかだが
モンゴル重騎兵も弓でダメージは与え難いかも知れぬが
近接戦では可也脆かったのかどうかだが


>軽・重騎兵はいずれも三日月刀か、戦斧を携帯し、戦闘直前に着用する絹シャツを携行していた。
>ジンギス・カーンは矢が厚手の絹地を貫徹することが難しく、単に将兵を負傷させるだけであることに気付いていた。中国人の軍医は絹地を引っ張るだけで、しばしば突き刺さった敵の矢頭を負傷した将兵の体から引き出すことができた。

軽騎兵も綿甲は装備しているが
矢は完全には止まらなかった訳だろうか


http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5215/fubu/min.htm
明騎兵も元の影響で
鎖を利用している訳だろうから
モンゴル重騎兵の鎖帷子と言うのは上と同様と言う
事かも知れぬが


http://www.juno.dti.ne.jp/~tenchi/DETA/kaisetu/kaisetu%20hukusyoku.htm
>チェインメイルや皮製で、軽くて硬い。
>もっとも、本当に鎧を着ていた兵士は少なく、10人に1人くらいとも言われている。

モンゴル兵も鎧は余り装備して居なかったと言う意見も有るが
どうなのかだが


http://www.gaopu.com/gendai.html
中央のモンゴル兵は皮甲かも知れぬが
此れなら弓は止まった可能性も有るだろうが


http://www3.plala.or.jp/ccc1/twmu/Medieval/2.3.html
>重装騎兵は革の上に金属甲片をひもで綴った鎧、金属製兜と首当てを着けた。(中)
>中後期、火器が発達につれ、鎧も変わった。分厚い棉や絹布地の中に鉄の甲片を仕込み、表面に銅の釘で固定した棉甲が誕生した。

綿甲は何時頃の
登場だったのかだが
此れを装備している兵は多かったのか
どうかだが

コメント

元寇時の日本軍とモンゴル軍が戦った場合
平地では楯突戦後
宋の歩兵が突入するが
弓兵の比率が多いので敗走
モンゴル騎兵も突入する事は出来ないが
敗走した宋の兵を追う騎馬武者に対して
攻撃を掛けた可能性は有るかも知れぬが
モンゴル騎兵にやられたと言う記述は無いだろうか

宋の歩兵が敗走した後
モンゴル騎兵が下馬突撃と言うのは
有り得たのかどうかだが
下馬して戦闘しているモンゴル兵と言うのも
描かれていただろうが
此れには梃子摺ったと言う事は無いのかどうかだが


http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/mouko/e_04.html
上の最前列に居るのが下馬したモンゴル騎兵かも知れぬが
モンゴル騎兵も槍や斧を構えて下馬突撃したが
斧は長巻に対して長さが足りず
槍は長巻で折られて居たと言う事は無いのかだが


http://www.gaopu.com/soudai.html
弓を装備している歩兵も歩人甲を装備している様に見えるが
歩人甲の装備率は何処迄有ったのかだが


>モンゴル騎兵も突入する事は出来ないが
>敗走した宋の兵を追う騎馬武者に対して
>攻撃を掛けた可能性は有るかも知れぬが
>モンゴル騎兵にやられたと言う記述は無いだろうか

モンゴル軽騎兵の槍は投げ槍だろうから
弓で対抗可能だったかも知れぬが
重騎兵の槍で馬を狙われたら対抗出来たのかだが
弓で槍を払った後組み打ちに持ち込んだ可能性は無いのかどうかだが


船上でも宋の歩兵には弓兵が多いから
近接戦に持ち込めばだろうし
モンゴル騎兵の下馬戦闘に対しても
前書いた様に
長巻で対抗は可能かも知れぬが


まあしかしモンゴル軽騎兵でも徒士に比べたら
装備は兎も角戦闘能力は高いと言う事は無いのかだろうし
騎馬武者も大鎧を装備して長時間下馬戦闘は可能なのかだが
胴丸装備の騎馬武者も多かった訳だろうか

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