FC2ブログ

Category

2019.07

 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

戦国時代の日本の軍事力は、世界で通用するか 

http://ex24.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1200308115
16世紀後半の西欧の騎兵は
槍も無く騎兵突撃もやらないピストル騎兵だから
歩兵相手では全く脅威では無いと言う事かも知れぬが

火縄銃の精度は西欧の物は瞬発式では無く
遅発式なので
精度は低く狙撃は無理だろうから
遠距離での撃ち合いに持ち込めば敵では無いかも知れぬが

まあしかし大砲は厄介と言う事は無いのかだが
軽砲なら即席の土塁で止まるかも知れぬが
重砲は可也強固な土塁で無いと
止まらないと言う事は無いのかだが
日本の城も土塁の上に石を貼り付けてあるなら
大砲で容易に陥落させられるのかどうかだが

日本側の備は散開陣形だから
此れで砲撃を切り抜けつつ
火縄銃の射程迄前進すれば
日本側が勝利する可能性は有るだろうが
近接戦に持ち込まれた場合
パイク兵は兎も角
ツヴァイハンダーを持つランツクネヒトに槍がやられる危険は無いのかだが
日本にも近接戦用の長巻兵と言うのが少数は居た訳だろうか
テルシオのハルバード兵やツヴァイハンダーを利用する兵に
対抗可能な数は有るのかどうかだが


密集隊形である西欧のテルシオの機動性は低いから
近接戦に持ち込まれる前に銃で可也ダメージを与えられる可能性は有るだろうし
日本の散開した隊形には大砲は有効では無いかも知れぬが


まあ只16世紀後半でも
アンリ4世の騎兵はサーベルチャージと言うのも有るだろうし
トルコの騎兵は槍で突撃して来るなら
此れには対抗出来るのかだが
明の騎兵には野戦築城等無しで対抗できているなら
密集して槍襖を利用したり騎馬武者で迎撃していたのか
どうかだが
(騎兵突撃を多用していた南北朝時代迄なら
 日本にも槍襖は有った様だが
 戦国時代には有るのかどうかだが)


海戦もトラファルガーでさえ大砲で決着は付いていないし
レパントも含め白兵戦能力が重要だったと言う意見も有るだろうが
小型船で大型船を包囲して同時多方向から攻撃すれば
野戦での包囲と同様に
有利には戦えなかったのかどうかだが


まあしかしレパントの時はトルコ軍が
同盟軍の大型艦の上方からの銃撃に苦戦したと言うが
トラファルガーの時も大型艦艇主体のスペイン軍が接近戦をやれば
英艦隊に対して有利に戦えたのかどうかだが
白兵戦に入る前に
そう長時間の銃撃と言うのは受けるのかどうかだが


16世紀前半では西欧に槍騎兵は有るだろうし
此れを防ぐには城や土塁にでも篭って
騎兵を阻止しつつ
弓を放つしか恐らく無い訳だろうし
土塁でも防げない様な重砲は土塁内部で
散開して回避すると言う手も有る訳だろうか


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%88%80
>「刀はたいした事は無いが、前後左右に飛び回り、剣で斬ろうと近づこうにも、刀の方が長く近づきにくい。また、槍で突こうにも柄ごと両断されてしまう。」 とある。

倭寇は刀で槍を切り落としていた様だが
通常の兵はどうだったのかだが
野太刀以外では無理と言う事は無いのかだが

明軍も倭寇に野太刀をツヴァイハンダーの様に
槍に対して使われたから
敗れたと言う事かも知れぬが
日本側は槍の方が多かったと言う事は無いのかだろうし
長巻や薙刀と比べても野太刀は多かったのかどうかだが
正規兵も太郎太刀等が有るだろうから
野太刀は利用している訳だろうが
薙刀・長巻・野太刀を合計しても
テルシオのツヴァイハンダーやハルバード兵を迎撃可能な程の数は
有ったのかどうかだが


http://kagiya.rakurakuhp.net/i_216531.htm
>ルイス・フロイスが東莱(トンネ)城の闘いでは日本軍大刀が勝敗を決したと書いていると紹介しています。

長柄槍がパイクの模倣と言う意見も有るなら
16世紀後期には
ツヴァイハンダーの真似をして槍対策で大太刀を
可也配備していたと言う可能性は無いのかだが


立花宗茂が
歩兵に移動し乍ら銃撃をさせたと言うが
明軍の機動力の低い密集隊形に対して
散開した備えが銃を放った後後退し装填
敵の手銃の射程に入る前迄射撃をして再度後退・装填と言う事を繰り返したと言う
可能性は無いのかどうかだが
テルシオの遅発式火縄銃も手銃程では無いが精度が低く
移動速度も遅いならテルシオに対しても同様の戦術は
通用した可能性は有る訳だろうか


騎馬武者も馬上筒で射撃した後後退し装填と言う様な事を
繰り返した可能性は無いのかだが
馬上筒も短い物では馬の的の大きさと言うのも有る訳だろうし
流石に一方的にアウトレンジと言うのは無理と言う事かも知れぬが


騎馬武者は徒歩で後退等すれば疲労するだろうから
馬上から通常の火縄銃を
敵の銃の射程外から放って後退した後
徒歩の従者が装填
再度馬上から銃撃と言う事なら
或いは有り得たのかどうかだが


大型の馬に乗る胸甲騎兵を銃剣で阻止出来るなら
サーベル騎兵を長柄槍で阻止するのは無理なのか
どうかだが

コメント

http://san01.blog26.fc2.com/blog-date-200602.html
>朝鮮軍3000人の騎兵による突撃は、秀吉軍1番隊の小西行長軍18700人による鉄砲の破壊力の前に全滅し、残りの歩兵も断崖に向かって逃げる所を鉄砲で打ち抜かれた。

3000の騎兵なら19000の歩兵の撃退は
無理でも無いだろうが
日本側もこの段階では
銃兵の比率が半分程度だったから
(1/3程度と言う意見も有るだろうが
 何れが正しいのかだが)
精度の高い瞬発式火縄銃を
同時に10000等放たれれば
1回の射撃でも可也ダメージは受けたと言う可能性も有るだろうし
生き残った騎兵は下馬した騎馬武者や足軽に
やられたと言う事かも知れぬが
(銃兵の内鉄砲の射手は1/3程度と言うから
 3000程度の射撃だったのかも知れぬが
 騎兵に対しては突入される前に
1回の射撃が限界と見れば
 同時に10000の銃を放った可能性も
 有る訳だろうが
 射手以外の命中率は低かった可能性も
 有る訳だろうか)


http://san01.blog26.fc2.com/blog-date-200602.html
> 明軍は大砲や神機箭を発射し、日
>本軍は鉄砲で攻撃した。機を見て日
>本軍は山から駆け下りて、白兵戦に
>なった。明軍の騎兵の武器は弓と短
>剣しか無かったのに対して、日本軍
>の方は鉄砲・長槍・日本刀などで、
>勝っていた。更に道がぬかるんでい
>て、馬が思うように動かなかった。

碧蹄館では日本軍は山に居たから
騎兵突撃は受けなかったと言う
事かも知れぬが


明軍騎兵も武器は弓と小剣だけと言うが
http://www.gaopu.com/mindai.html
上を見ても確かに槍は構えていないし
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5215/fubu/min.htm
上にも騎兵が槍を使用していると言う記述は無い訳だろうし
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/conference-seminar/science/ez01.html
上の倭寇図巻の明の騎兵にも
槍は無い訳だろうが
散開している日本の歩兵に対しては
槍等無く共打撃は与えられた可能性は
有る訳だろうか

明の騎兵も鎧は鎖帷子が主体と言うなら
足軽の槍には脆かったと言う可能性も有るだろうが
機動力を利用されて2対1の状況等を
作られればだろうか


日本側の槍兵は1列と言うが
後列には下馬した騎馬武者が槍を構えているかも知れぬし
実質2列と言う事は無いのかだが
鉄砲足軽や弓足軽・武家奉公人等は
刀で騎兵に反撃は出来たのか
どうかだが
後列には更に長巻兵等が居る場合も
有る訳だろうが
此れは少数と言う事かも知れぬが


騎馬武者も下馬して銃を放っている例も有る訳だろうが
騎馬武者の比率と言うのは1割だろうから
余り足しには成ったのかだが


島津軍は槍足軽も短筒を持っていると言うし
此れを騎兵が突入する前に放った可能性も有るだろうが
射程は短い訳だろうし
槍足軽が突入して来る騎兵に対して
余り近距離で銃を放つ訳にも行かぬだろうから
何処迄当たったのかだが


馬上筒と言うのも乗馬しての追撃時或いは
敗走時にしか
役に立たなかったと言うが
明軍歩兵の銃は拳銃の様な物だから
馬上筒でもアウトレンジは可能だったと言う事かも知れぬが
明軍騎兵は弓を持っているから
此れに対して馬上筒では対抗出来たのか
どうかだが
(碧蹄館で明軍の指揮官を逃したのも
 此れが理由と言う事は無いのか
 どうかだが
 停止して大型の火縄銃を撃てば
 或いは対抗出来たと言う事は無いのか
 どうかだが)

2列の槍兵で方円陣を組めば
仏重騎兵のサーベルチャージも止まったのかどうかだが
馬が大型で密集突撃をして来るとすれば
どうなのかだが

銃が出る前の時代では
重装槍騎兵に対しては弓で
何処迄ダメージを与えられたのかどうかだが

http://thomaschen.freewebspace.com/catalog.html
明軍騎兵の剣も元の影響で
モンゴルの様な片手用曲刀が
主流だったと言う事なのかどうかだが
長巻の様な物を構えている様な絵も有るが
此れは多用されたのかどうかだが


http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5215/fubu/min.htm
>重装歩兵:
>唐代の明光鎧から進化した鎧が
>主流であった。胸・背には細か
>い札を用いた胴衣、腹には凸面
>の鉄板を装着し、肩と上腕には
>亀甲形の札が綴られていた。

http://www.gaopu.com/mindai.html
此れは上の左端の兵だろうが
鎧は宋の重装歩兵程の重量は有るのかだが
銃兵も含めこの様な鎧を装備すれば
機動力低下は避けられず
足軽等の軽装の歩兵に包囲されたと言う可能性も有る訳だろうが


攻城戦の様な包囲されない状況で戦うなら
重装歩兵も有効だった可能性は有るだろうが
長時間戦闘は出来たのかどうかだが
足軽も攻城戦や篭城戦等の
包囲を受けないない状況なら
貸し具足等を装備したと言う可能性は無いのかだろうし
江戸時代の貸し具足と言うのも
残っている訳だろうか

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E8%A1%97%E9%81%93%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
野戦でも
ワトリング街道の戦いの様に
包囲されぬ様な場所を利用すれば
ロリカ・セグメンタータの様な鎧を装備した重装歩兵も
役には立つと言う事かも知れぬが
30-50kgの歩人甲では長時間戦闘は
可能なのかだろうし
ゼンパハの戦いの様に成る危険は無いのか
どうかだが

重装歩兵の鎧も札鎧では槍や
打刀の打撃や
突きで可也ダメージは受けると言う事は
無いのかだが

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://rekisikenkyuusha.blog60.fc2.com/tb.php/79-01afa73b

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。