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ビスマルクも普仏戦争は普墺戦争の段階で不可避と考えて居たか 

http://www.geocities.jp/asamayamanobore/sonotanomatome/dora/emusudenpoujiken.html
>戦前のビアリッツの密約を反故にされたた
>め、反プロイセン感情は高まり、
>カトリックの多い南ドイツ諸国への離反工
>作を行い、統一妨害に動く。

此れは最初から反故にする気であり
ビスマルクも普墺戦争の段階で普仏戦争は
覚悟していたと言う事かも知れぬし
仏のドイツ統一の介入は
不可避と考えて居たと言う事だろうし
オーストリアを叩いたのも
ドイツ統一への介入を阻止する為だろうが
(何れの戦いも統一への介入を阻止すると同時に
 特に南部との一体感を高める狙いが有った訳だろうか)
仏がこの段階で戦争を仕掛けて来た場合は
即座に対処する準備は
出来て居たのかだが


レオポルト公のスペイン王位継承辞退は
周辺国のプロイセン敵視を恐れて
ビスマルクも認めて居たと言う
事だろうが
仏が恒久的辞退を要求して来る事も
読んで居り
此れを開戦の口実とする事も
前から決まって居たのだろうか
(仮に此れが無く共
 開戦の口実等幾らでも
 作れたと言う事かも知れぬが)


ドイツ統一を考えた時点で
墺仏との戦争は
墺仏を外交的に抑えられぬ限り不可避と
考えて居た訳だろうか


オーストリア・ドイツが統合出来無かったのは
プロイセン王家とオーストリアの対立も
無論有るだろうが
両地域の宗教の差
(プロイセンはプロテスタント
 オーストリアはカトリックが多い訳だろうか)
と言うのも有る訳だろうか

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