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秀吉による朝鮮役の軍事分析3 

http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/army/1179749016/

フランキ砲は発射速度は速いかも知れぬが
何処迄数は有ったのかだろうし
日本側も30年戦争の軽量砲程度のサイズの
大筒は相当数利用して
居たと言う事かも知れぬが


http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5215/fubu/min.htm
大砲が兵の1割もの数有ったと言うのは
事実なのかだが
後の時代の事では無いのかだが
日本側は密集隊形では無いので
狙撃の出来無い大砲は命中したのか
どうかだが


精鋭の騎兵は鎖帷子だから
割りに槍での打撃や突きに脆かったと言う事は無いのかだが
重装歩兵は明光鎧なら
此れは割りに耐えたかも知れぬが
剣の実力は騎兵よりは劣る訳だろうし
3-6mの槍には勝てたのかだが


>また、1610年代には車営とよばれる兵科も創設された。車とは一側面に防御壁を有する車であり、後には仏朗機2門を設置、兵は各砲に3名配備された。

此れが出る迄はフランキ砲は
余り無かったと言う事は無いのかだが


>保有兵数 歩兵3200人・騎兵1600騎+予備800騎(計5600人)
>保有兵器 鳥銃256丁・三眼銃1408丁・大砲256門(完全充足時)

三眼銃と言うのはタンネンベルグガンの様な
銃身の短い銃なら
精度は期待出来ず
鳥銃も日本側の様に狙撃は
して居たのかどうかだが
1590年代で銃や砲は此れ程の数は
有ったのかどうかだが


>一方、唐代から馬鎧は廃れ、南北朝時代のように10貫以上の重量の鎧で馬を覆って機動力を落とすようなことは無くなった。

唐の時代から馬鎧は廃れていたと言うし
蒙古襲来絵詞にも馬鎧は描かれて居ないだろうが
有ったとしても銃に対抗出来る物では無いだろうが


日本側は通常は密集隊形では無いとしても
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021025b.html
上を見る限り騎馬武者の阻止時には
槍や薙刀を構えて
密集したと言う事かも知れぬが
室町時代以前は此れは
無かったと言う事なのかどうかだが
下馬した騎馬武者が長巻や剣で
乗馬した騎馬武者を阻止していた可能性も
有る訳だろうか


>明らかに防御に立つ場合においては、この時代の歩兵も、『明徳記』の下馬戦士たちのように、統制のとれた密集戦法をとっており、その威力の前に騎兵は圧倒されていたのかもしれない。

槍を持つ歩兵が整列している場面は
戦国時代の絵には描かれて居るから
戦国時代は密集隊形も有ったのかも知れぬが
対歩兵に利用された例の方が
多いかも知れぬし
射撃戦時は散開していた
訳だろうか


戦国時代では追撃して来る乗馬した騎馬武者を阻止する為に
この様な密集隊形が組まれたと言う事も
有り得る訳だろうし
戦国時代の騎馬武者は追撃時以外は突撃は
しない訳だろうか


>保有兵数 歩兵3200人・騎兵1600騎+予備800騎(計5600人)
>保有兵器 鳥銃256丁・三眼銃1408丁・大砲256門(完全充足時)

1590年の段階でも銃・大砲をこれ程保有していたとすれば
槍兵等は何処迄居たのかだろうし
歩兵は接近戦には可也脆かったと言う事は
無いのかだが


明軍も大鉄砲や銃で狙撃されて混乱した所に
槍兵や騎馬武者を突入されて
壊滅していたと言う事かも知れぬし
明の銃砲は狙撃はしないので
日本側の散開した隊形には全く
通用しなかったと言う事かも知れぬし
騎兵突撃も槍兵及び銃兵に阻止されたと言う
事かも知れぬが


日本の騎馬武者と言うのは
どの段階で乗馬突撃したのかだが
敵が銃撃等で混乱した段階なのか
明らかに逃走に移った段階でなのかだが
前者では未だ反撃を可也受け得るとすれば
無かったと言う可能性も有る訳だろうか



http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5215/fubu/min.htm
>銃兵:
>明代には遠射兵器は弓・弩は銃にとってかわり、やがて銃兵が軍隊の主力になってゆく。
>右手に銃を持ち、左手に籐牌と呼ばれる円形楯を持って従軍した。
>着用した鎧は綿布に鋲を打ち、裏面に札が張られたもので、元代から引き継いだ形式であった。顔面以外は全て鎧で覆われ、敵の弾丸に備えた。

主力の銃兵は槍は無いので
白兵戦は弱かったと言う事は
無いのかだが


>重装歩兵:
>唐代の明光鎧から進化した鎧が主流であった。胸・背には細かい札を用いた胴衣、腹には凸面の鉄板を装着し、肩と上腕には亀甲形の札が綴られていた。

彼等は槍を持っていた可能性も有るだろうが
少数と言う事だろうし


>騎兵部隊は火器として三眼銃から鳥銃10丁に装備を換え、火器装備の右什(うじゅう)、弓装備の左什が各々2列縦隊をなした。
>この他に、予備隊として騎兵800騎(32隊銃320丁)があるので、1営の兵力は騎兵2400騎、歩兵3200人の計5600人となる。

騎兵も銃を可也使用して居たと言うなら
槍は持って居ないと言う事なのかどうかだが
東欧の騎兵の様に槍と銃・弓を同時に装備していた可能性も
有る訳だろうが
鎧が鎖なので脆い訳だろうか


まあしかしピストルや騎兵銃・弓は兎も角
火縄銃やタンネンベルグ銃を槍と同時に
携帯出来たのかどうかだが


船上でも明の騎兵は鎖帷子や刀剣を
可也使用して居たと言うなら
日本側の槍兵に太刀打ちは出来たのかだが
船上では2-3mは兎も角
6mの槍等は使用しては
居ない訳だろか

明の船上の大砲やタンネンベルグ銃は遠距離では命中せず
遠距離戦では火矢を火器から使用して居たと言う事かも
知れぬが
日本側の大鉄砲をアウトレンジは
無理だったと言う事かも知れぬが
日本側が近接戦をやる際はタンネンベルグ銃や大砲は
此れを防御は困難なら
厄介だったと言う事かも知れぬが
明側も銃砲で可也打撃は受ける訳だろうし
近接戦には脆い訳だろうか


明の主力の手銃兵が皆ブリガンダインの様な鎧を
着て居たのかだろうし
綿甲も多かったと言う事は
無いのかだが


http://www.uwants.com/viewthread.php?tid=3369381
>南北朝重?兵
>隋朝重?兵

此れと似た様な明光鎧を着た
重装歩兵も
明に居たと言う事だろうが
長槍は持って居たのかどうかだが


>明朝邊軍火槍騎兵

此れが騎兵の主力と言う事なのかだが
鎧は綿なのかどうかだが


>明朝早期大將軍

此れは亀甲金を繋いだ様な鎧を着て居るが
数は居たのかだろうし
札鎧なので打撃には脆いと言う事かも知れぬが
騎兵の明光鎧はモンゴルの影響等で
廃れたと言う事かも知れぬが


宋の時代には明光鎧は
廃れている様にも見えるし
蒙古襲来絵詞には描かれては
居ない訳だろうか
(明光鎧より日本等も使用して居た
 歩兵の短甲の方が
 プレートアーマーに近いかも知れぬが
 此れも明光鎧同様に
 余り数は無かった訳だろうか)


http://www.eonet.ne.jp/~kyoto-sites/3.html
短甲の方が明光鎧より
防御力は有るのかも知れぬが
歩兵のみが使用したと言う事かも知れぬが


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%AD%E7%94%B2
>中国の歩兵用の鎧の影響が色濃く、同時期に用いられた鎧に、中国北方の遊牧民の騎兵用の鎧の影響を色濃く受けた挂甲(けいこう)がある。

明光鎧を中国は使用して居たのか
どうかだが


>6世紀には出土遺物としては見られなくなり、桂甲に代わられている。

廃れたのはコストの問題と言う
事かも知れぬし
皮部品が使える札鎧の方が
主流と成った訳だろうか


http://www.chinahistoryforum.com/index.php?showtopic=13165&st=0&p=4836789?entry4836789
明の弓騎兵は槍では無く
サーベル或いは長刀騎兵と言う事かも知れぬが
鎧は札或いは鎖と言う事なのだろうか
(前紹介したイラストの様に
 銃を構えている兵の武器は
 剣と言う事なのかどうかだが)


彼等の弓は役には
立たなかったのかだが
日本側が散開していたから
効果は無かったのかも知れぬし
逆に銃で狙撃されていたと言う事なのかどうかだが
騎兵突撃を防ぐ為に槍兵が密集した所を弓で狙うと言う様な
方向も有ったかも知れぬが
この様な事は行わなかったと言う
事かも知れぬが


遠距離である程度射撃してから
長刀やサーベルで突撃したと言う
事かも知れぬし
近距離で密集している槍兵に対して
弓を放ったと言う事は無いのかも知れぬが
日本側にも相当数弓兵は居た訳だろうし
此れは明の弓騎兵と同等以上の数は居たと言う事かも知れぬし
(明の弓騎兵と言うのは全体の1/10程度だろうが
 弓足軽は1/5以上は居たと言う事かも知れぬが)
此れに加えて銃撃も有る訳だろうから
数の優位が無ければ勝てたのかと言う事は
有るだろうか


http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2247715.html
上を見ると1割も弓兵は居ないし
銃兵でさえ1割程度と言う事だろうが
精鋭歩兵の徒歩武者は
2割程度も居る訳だろうし
騎馬武者も1割居るなら
弓を用いても此れを用意に壊滅出来るのか
どうかだが


まあしかし下馬した騎馬武者や徒歩武者を
弓の射撃で混乱させるのは
困難かも知れぬし
散開している銃兵や弓兵を容易には倒せぬなら
何れ此れの弓や銃で明騎兵は壊滅し
突撃は困難だったと言う事かも知れぬが


明軍とは槍の数が全く異なるだろうし
近接戦に持ち込めば簡単に勝利出来たと言うのも
肯ける訳だろうが
銃撃や弓で敵を混乱させないと
近距離で銃砲撃を受けるリスクは有る訳だろうか


騎兵に包囲されても
槍足軽は対応は出来たのかだが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%A3%E5%BD%A2
全周防御の陣(方円陣)と言うのも
有る訳だろうか


日本側の槍兵が明騎兵の銃や弓で混乱するより
密集している明の騎兵の馬に日本側の銃や矢が当たって
混乱する方が早いと言う事かも知れぬし
明の騎銃兵は早合等も無い訳だろうし
装填時は下馬するなら
此れは歩兵で追撃は可能な訳だろうか
(装填中の騎銃兵に対しては射撃せず
 より危険な弓騎兵に射撃を集中させれば
 良いと言う事かも知れぬが)


人間に矢が1発当たっても
致命傷に成るとも限らぬだろうし
大混乱には陥らぬかも知れぬが
馬に銃弾や矢が1発当たれば即暴走する恐れも
有るかも知れぬが
実際はどうなのだろうか
(此れを避ける為に下馬して射撃や銃撃をすれば
 槍歩兵に捕捉され得るだろうか)

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