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2018.12

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WW2の日本軍の兵器 

http://military.sakura.ne.jp/ac/ku8.htm
四式特殊輸送機は
2トンも積めない様だが

http://www2u.biglobe.ne.jp/~surplus/maru0206.htm
>日本陸軍の空挺用グライダーです。私が知っ
>ている限りでは、沖縄に第九師団を空中輸送
>したときぐらいしか、使用されていないみた
>いですが。

600機生産されて居るが
余り使用されては居ない訳だろうか


http://cb1100f.web.infoseek.co.jp/collection_1a.htm
>四式落下傘世界に先駆けて我国が採用した吊
>索優先
>の開傘方式でこれによりノロシとなり不開傘
>が絶無とい
>われた。戦後、米軍がこれを真似てT-10を開>発したと
>言われています。

日本軍空挺部隊は米独より高性能な
パラシュートを使用して居たと言う事かも知れぬが
何時頃投入されたのだろうか


http://www.geocities.jp/aobamil/3-6.html
><四式落下傘>:日本陸軍の落下傘で、一式
>落下傘の後継。重機関銃を持ったままで降下
>できる。レイテ島降下作戦で使用された。参
>考:戦場写真で見る日本軍実戦兵器

レイテで初に投入されたと言う
事かも知れぬが
以後活躍の場は余り
無かったと言う事かも知れぬが
他国のパラシュートでは重機関銃を持った侭
降下は無理と言う事かも知れぬが


http://homepage3.nifty.com/sweeper/gun/smg/100siki.htm
> このパレンバン油田攻撃自体は地上部隊
>との連携も上手くいき作戦自体は大成功を
>収めたのだが、空挺作戦自体は大問題があ
>った。空挺部隊員はライフルなどの長さが
>あり、かさむ武器類は別のコンテナに入れ
>て投下して、兵士は落下したコンテナから
>武器を拾って戦う事になっていた。しかし
>パレンバン油田攻撃時にはコンテナ回収が
>できず、兵士は携行していた拳銃と手榴弾
>と銃剣のみで戦った。パレンバン油田を守
>るオランダ軍は実に1100名を数え、多数の
>機関銃および装甲車をも配備していた。平
>和ボケしていたオランダ軍に戦意がなく、
>なんとか持ちこたえたわけだが、毅然とし
>た攻撃をオランダ軍が加えていたならば全
>滅は必至だった。そのため、昭和18年にな
>ると折りたたみストック型が開発された。
>上のように兵士が武器を携行できるように
>したのだった。

パレンバンでは未だ
空挺部隊は機銃は携行出来なかったと言う
事かも知れぬが
仮にオランダ軍が攻撃して来ても
戦車の入れない山等に逃げて
塹壕を掘れば
可也持ち堪えたと言う可能性も有る訳だろうか


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E3%80%87%E3%80%87%E5%BC%8F%E6%A9%9F%E9%96%A2%E7%9F%AD%E9%8A%83
>弾倉が横についているため、地面に這って射
>撃ができた

此れは独のFG-42等も同様だろうか
現代のMP5等のSMGは伏せ撃ちは
考慮して居ないと言う事なのだろうか

>弾倉が横のため、射撃時にバランスが悪かっ
>た

と言う事を
問題視したと言う事かも知れぬが
SMG等近距離でしか射撃出来無いなら
伏せられた方がましと言う事は
無いのかだが


>銃剣装置、立脚装備のため重量の加算

まあしかし弾の無い日本軍の場合は銃剣は
必用では無いのかどうかだが



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E4%B9%9D%E5%BC%8F%E8%BB%BD%E6%A9%9F%E9%96%A2%E9%8A%83
>九六式軽機関銃と同様に銃身(バレル)内に
>クロムメッキが施され、他国の軽機関銃に比
>較し桁違いに高い耐久性を誇った。

一〇〇式機関短銃等は
どうだったのかだが


>また、日本軍の軽機関銃の大きな特徴と言え
>る着剣装置が装備されている。

>。近年、これは白兵戦用ではなく、発砲時に
>銃口を安定させる為のバラストの代用(標準
>装備である銃剣を用いれば、専用バラストの
>必要がない)であるという主張と再評価がな
>されている。

此れの銃剣は流石に白兵戦用では無く
バラストだった訳だろうか


>九九式軽機関銃の生産数は約45000丁とされ
>ているが、この生産数は当時の大日本帝国陸
>軍の規模から考えるとかなり少ない数と思わ
>れる。世界一の工業大国である米国の機関銃
>生産数とは比較するまでもないが、同盟国で
>あるドイツと比べても一桁少ない数であ
>る。 当時の日本の国力では、高価で大量の
>弾薬を消費する機関銃を数多く揃えるのが難
>しい事情もあったが、日本陸軍伝統の火力軽
>視・白兵戦偏重主義の影響も大きいものと思
>われる。

日本軍の場合は
塹壕外部の敵に反撃するのは
銃砲撃で頭を抑えられれば困難だろうし
塹壕内での戦闘を想定するなら
軽機関銃よりも
SMGが欲しかったと言う事かも知れぬが


まあしかし手榴弾は塹壕の溝で
無力化されるとしても
大型の集束爆弾等を使われれば
どうだったのかだが
独以外は何処迄
此れを用いたのかだが


http://tungs.sakura.ne.jp/toygun/fg42/fg421.html
独空挺部隊のFG42にも銃剣が有るが
此れはライフルも兼ねている故と言う
事かも知れぬし
MP-40に銃剣等は
無い訳だろうか


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E4%B9%9D%E5%BC%8F%E9%87%8D%E6%93%B2%E5%BC%BE%E7%AD%92
此れを水平射撃して居たとは
知らなかったし

http://www.warbirds.jp/ansq/41/D2001396.html
>ジャングル等での近接戦闘時にはすぐに擲弾
>筒で火力支援ができるため、非常に有効な兵
>器です。米兵からは大戦中最も恐れられた歩
>兵小火器で、英軍も似たような兵器を今も使
>っています。

米英にもライフルグレネードが
有った訳だろうし


>最近読んだ資料に、ガダルカナルで戦った米
>陸軍将校のこんな証言が出てきました。

>ーーー”我々の六十ミリ迫撃砲は直接射撃
>(水平射撃)ができなかった。(中略)だか
>ら、我々は日本軍の迫撃砲を本国に送ってお
>なじようなものを作らせたんだ。”改良され
>た迫撃砲は、引き金がついており、直射が可
>能になった。ジャングル戦で川を隔てて退治
>する敵陣に直接迫撃砲を撃ち込むのに役立っ
>たという---

上の様な水平射撃可能な迫撃砲も
八九式を模倣して
開発されて居た訳だろうか


http://yasai.2ch.net/army/kako/980/980501646.html
>当時米軍がジャングルで日本軍の擲弾筒に手
>を焼いて、
>米軍側の60mm軽迫撃砲は、分隊レベルでは配
>備されてなかったから
>(しかも日本の擲弾筒よりずっと重いし)

まあしかし米の軽迫撃砲も
後で比率が増えたと言う事は
無いのかだが
(無論米の軽迫撃砲の方が
 比率は兎も角
 数は多かった訳だろうが)
ライフルグレネードも余り
無かったと言う事なのだろうか


http://military.sakura.ne.jp/oth/main/story/89_grenadier.htm
>終戦間際になってモンロー効果を利用した対
>装甲弾である五式穿孔榴弾も開発された。

89式用の
対戦車用の砲弾も開発はされて居た様だが
余りに遅かったと言う事かも知れぬが
50mmでは戦車の正面装甲を
貫けるのかだが


http://nikuman-69gou.iza.ne.jp/blog/entry/178811/
>飛行場に押し寄せてきたM4中戦車を、整備中
>の航空機から外した20ミリ機関砲をトロッ
>コに据え付けただけの急造兵器で撃退してし
>まったくだりなんぞは、

正面装甲は流石に
20mmでは貫けなかったと言う事かも
知れぬが

80mmの無反動砲等も
開発はされて居た様だが



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E3%80%87%E5%BC%8F%E9%87%8E%E7%A0%B2
75mmの90式野砲なら
500m程度でM4は撃破出来たのかも知れぬが
800門しか無く
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E5%BC%8F%E6%A9%9F%E5%8B%95%E5%9B%9B%E5%8D%81%E4%B8%83%E7%B2%8D%E9%80%9F%E5%B0%84%E7%A0%B2
47mmではM4の側面装甲しか
貫けぬ訳だろうか


>硫黄島の戦いや沖縄戦で部隊の先頭に立たさ
>れたM4中戦車の多くは履帯を砲塔に巻き付け
>たり、増加装甲板を貼り付ける等の防御力強
>化対策をとっていた。

此れ等は75mmでも
正面を貫通出来たのかだろうし
ジャンボやE8等も同様に
正面からでは歯が立たない訳だろうか


http://www.warbirds.jp/ansq/3/C2000339.html
>1943年(昭和18年)、日本陸軍は(無
>謀にも)ティーガー戦車をライセンス生産す
>る計画を立てていた。ドイツ側は日本の提案
>を受諾し、
>1台のティ-ガー戦車が日本向けに用意され
>た。日本は645,000ライヒスマルクを
>ドイツに支払ったが戦局が混乱した時期でも
>あり結局は日本に送られずじまいに終わった
>とありますが、ティーガーは日本の戦車のコ
>ンセプトと相対するところにあると思います
>がどういうことなんでしょうか?

まあ中戦車でさえ数は揃えられぬだろうし
対戦車ロケット或いは
マーダー等の自走砲の技術を
学ぶべきだったと言う事かも知れぬが


>戦車は道路しか走れないわけではなく、連合
>軍の工兵能力を持ってすれば「道を整備して
>戦車を通す」事さえ可能でした。

戦車を避ける為に山に篭っても
こう言う事が起き得る訳だろうか



http://64.233.167.104/search?q=cache:w5xsaVfmaL4J:choco.2ch.net/army/kako/1003/10031/1003154243.html+%22%EF%BC%99%EF%BC%90%E5%BC%8F%E9%87%8E%E7%A0%B2%22&hl=ja&ct=clnk&cd=15&gl=jp
>それで装甲厚はM4で50mm、M4A3で
>62.5mm、傾斜は47度ですから、実質はこの
>1.5倍程度の
>装甲厚となります。(しかも日本側の砲弾は
>傾斜装甲での滑りを防ぐAPC弾ではありませ
>んから
>M4側は傾斜装甲の利点を十分に発揮出来ま
>す。)
>もし95式破甲榴弾なら傾斜装甲の前面からの
>射撃で確実撃破距離100m程度は妥当かもしれ
>ません。

75mmの90式野砲でも
至近距離でしかM4の正面は
貫通出来無いと言う上方も有るが



まあE2やE8以外も
キャタピラを車体正面に張っていたら
75mmで至近距離でも
貫通は困難かも知れぬし
成形炸薬弾も小型の物では
通用しない訳だろうが


http://www.geocities.jp/ramopcommand/_geo_contents_/M4.html
>シャーマンファイヤフライⅠc:17ポンド砲

此れは砲塔や車体側面に迄
キャタピラが貼り付けて有るが
位置が高いかも知れぬし
側面からの対戦車砲の射撃を
何処迄止められたのかだが


http://www.geocities.jp/ramopcommand/_geo_contents_/M4.html>M4A3E8シャーマン:76mm砲 土嚢防御

車体部分は成形炸薬は
可也防御可能かも知れぬが
大型の成形炸薬弾には
効果は有るのかどうかだが


>実車では、この土嚢は車体と同じ色に塗って
>いるようです。迷彩も車体と同時に行ってい
>る写真もありました。が、作例では折角のき
>め細かいモールドを活かしたかったので、布
>っぽくしています。

土嚢を態々
迷彩して居た訳だろうか


シュルツェンを使用すれば
側面からの成形炸薬弾の攻撃は
ほぼ完全に止まると言う事は
無いのかだが



http://sensya-otoko.seesaa.net/article/10343663.html
>歩兵連隊の歩兵砲たる連隊砲=41式山砲(75mm)用のタ弾(対戦車成形炸薬弾)が開発されある程度の数が生産・支給されています。
>確か貫徹力は100mmほどでシャーマン正面も撃破できますが、やはり広大な戦線に展開する大部隊に対しては数が少なすぎたようで、貴重な扱いだったようです・・・

此れは日本軍が唯一実戦で
対戦車用に使用した
成形炸薬弾なのかだが
精度はどうなのかだが
壕内部から発射するなら
近距離でしか命中しなく共
何とか成ったと言う事かも
知れぬが

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E4%B8%80%E5%BC%8F%E5%B1%B1%E7%A0%B2
>終戦時には外装式のタ弾も試作された。試
>製外装式タ弾は弾頭直径が大きい分貫徹能
>力も向上し、最大で300mmの装甲を貫徹可
>能であったという

此れはM26やM4E8等を正面から
撃破可能だった訳だろうか



>山砲タ弾や擲弾筒タ弾が大量に支給されていれば
>日本軍歩兵も米英戦車に対してあれほど苦戦しなかっただろうにとおもうととても残念ですね・・・

擲弾筒夕弾ではM4の正面は
貫通不能かも知れぬが
M3なら叩けたと言う
事かも知れぬが


http://ja.wikipedia.org/wiki/PIAT
此れならロケット技術は無用だろうし
容易にコピー出来なかったのかどうかだが


http://www.japaneseweapons.com/gunyojyu/keitai/index.htm
>二式タ弾投擲弾器(1942)はドイツの技術
>で開発された対戦車用兵器。タ弾は木製弾
>丸を使用して発射された。

此れは1942に作られたと言うが
何処迄使用されて居たのかどうかだが
M3は兎も角M4の正面装甲は
貫けぬ訳だろうか

http://cb1198f.web.infoseek.co.jp/collection_1c.htm
>陸軍 ニ式擲弾器(対戦車用)の擲弾(タ
>弾)

実弾も一応残って居るが
40mm程度ではM3の正面装甲が
貫ける程度と言う事かも知れぬし
下手をするとM3の正面も
貫けぬかも知れぬが


>ドイツからの技術支援で作られた30mm
>と40mmの成形炸薬を利用した2種類が
>ある小銃に装着して使用する二式擲弾器、

ライフル用の対戦車擲弾は
最大40mmと言う
事だろうか


>さて、この他にも一応、歩兵用の対戦車兵
>器としては、九四式三七粍速射砲(距離約
>500mで24mmの装甲を貫徹する)や
>九八式二十粍高射機関砲や九三式十三粍機
>関砲が配備されていました。この機関砲
>は、対戦車用の鉄甲弾を使用することで、
>対上陸用舟艇、対水陸両用トラクター用
>(装甲が無いに等しい車両だったため)に
>威力を発揮、上陸を試みる海兵隊を苦しめ
>ました。

装甲の薄い海兵隊車両は
20mmでやられていた訳だろうが
機銃や小銃は防げたのかどうかだが


>このような、威力不足な兵器でもって太平
>洋戦争を戦い抜いた旧帝国陸軍ですが、意
>外と米軍に対して、一定の戦果を挙げるこ
>とに成功しています。これは、太平洋戦線
>がジャングルやら山岳地帯などの錯雑地形
>が多く、また、旧帝国陸軍が偽装の達人だ
>ったため、対戦車兵器に十分な隠蔽を施
>し、戦車遭遇戦闘の基本として待ち伏せを
>重視したことにより、敵戦車をやり過ごし
>た後、側面やら後方から射撃を開始、撃破
>するという戦法を多用したからです。この
>戦法は、サイパンや硫黄島、沖縄などで用
>いられ、米軍戦車に多大な損害を与える事
>に成功しています。また、日本軍は対戦車
>肉薄攻撃隊を支援する為、戦車に随伴する
>歩兵を迫撃砲やら擲弾筒などの弾幕射撃で
>迎え撃ち、歩兵に出血を強いました。この
>ため、海兵隊の一部の部隊は、戦車の随伴
>を拒んだほどだそうです。

米の随伴歩兵と言うのは
可也やられて居たのかどうかだが
後には威力偵察で待ち伏せは
読まれて空爆や遠距離砲撃等で
排除されたと言う事は無いのかだが
山の中の壕の中で待ち伏せて居れば
空爆や砲撃も何処迄通用するのかだが
米側も道路を山に通したり
塹壕を掘り進めて補給を絶つ等して
対抗したのかどうかだが


>戦車には、先に述べた吸着地雷対策に厚さ
>5cmの木の板を装着し、ハッチには鋼鉄
>棒を加工した網カゴを装備、エンジンルー
>ムの上には土嚢を積み、戦車の前面には予
>備の履帯を貼り付け、さらに、日本兵が戦
>車に飛び乗って自軍の兵士に機関銃を乱射
>させないように、砲塔上面の機関銃を撤去
>するという状況です。そこへ、日本兵が吸
>着地雷やら、破甲爆雷、爆薬筒を持って突
>撃する様子が描かれ、他に、40mmの二
>式擲弾を発射する兵士や、戦車に馬乗りに
>なって、後部エンジンルーム上面に破甲爆
>雷を2個木の板で挟んだものを仕掛けよう
>とする兵士や、ハッチをこじ開け、九九式
>破片手榴弾を投げ入れようとせんとする兵
>士が描かれています。まさに、肉弾攻
>撃・・・。しかし、硫黄島の戦いでの戦車の
>最大の損失原因は、広範な地雷の使用、航
>空爆弾や魚雷まで使用したのですから、戦
>車など文字通り粉微塵に吹き飛ばされてし
>まいます。そして、お次が一式機動47粍
>速射砲による攻撃だったそうです

エンジン上面に土嚢迄積まれてはだろうが
キャタピラやスコープ・砲身等は
破壊出来たと言う事かも知れぬが


火炎放射戦車に塹壕内で肉薄攻撃等は
無理だろうし
此れは遠距離から成形炸薬弾等で叩くか
歩兵が塹壕から出て叩く以外
無いと言う事だろうが
此れにはリスクが有る訳だろうか

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