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その時歴史が動いた 第264回 シリーズ 秀吉の家族2 

秀吉も秀頼が生まれた時に
秀次だけでは無く
小早川秀秋も始末していれば
関が原はどう成っていたのかだろうし
領土を取り上げて生かしておいたら
後で恨みを持つ可能性も高い訳だろうし
小早川が裏切らないと考えたら
領土は奪わない訳だろうし
中途半端な事はすべきでは無いと言う
事かも知れぬが

まあ明智光秀も領土を取り上げられれば
後で謀反を起こす可能性も有る訳だろうし
中途半端な事をした結果が
本能寺で有る訳だろうか


http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2006_09.html
>秀吉が秀頼の養育権を淀殿に認めたことについて
>番組で紹介した訳は、「今度の子は淀殿だけの子にするがよい」。
>(おね宛ての秀吉の手紙より意訳)

>秀吉の秀頼への溺愛振りを示すエピソードついて
>番組で紹介した訳は「気に食わない侍女は縛り上げてしまえ。わしが行って叩き殺そう。」
>(秀頼宛の秀吉の手紙より意訳)

此れも鶴松が死んだから
おねには秀頼を預けず
侍女の質にも慎重に成っていたと言う可能性も
有る訳だろうし
秀吉が鶴松や秀長の死で狂ったり悪人だったと言う様な事に
無理矢理帰着しようと言うのも
どうなのかだが



http://scrapbook.ameba.jp/history_book/entry-10017792326.html
>関ヶ原の戦いで、小早川秀秋が寝返り東軍勝利、でした。
>正直何故?と思いましたがw
>「豊臣政権崩壊の危機を救うため、
> その命運を実力者・家康に託した。」
>ってことのようです。

まあ只結果的に豊臣政権が滅んだのは
北政所が無能だったと言う事では無く
淀に対する復讐の意味は無かったのか
どうかだろうし
最初から豊臣政権崩壊を狙って居たと言う事は
無いのかだが
(豊臣政権が滅んでも自らの育てた小早川や
 加藤清正・黒田長政・福島正則等が生き残れば
 良いと考えて居たと言う事は
 無いのかだが)


>(豊臣政権が滅んでも自らの育てた小早川や
> 加藤清正・黒田長政・福島正則等が生き残れば
> 良いと考えて居たと言う事は
> 無いのかだろうし
> 加藤清正や黒田長政等に
> 三成側に付く様に手紙も
> 出せた訳だろうか)

まあ淀に復讐したと言うよりは
自分が育てたのでは無い秀頼よりは
彼等が生き残る道を選んだと言う
可能性も有る訳だろうか


http://blog.livedoor.jp/zuihitu/archives/50745590.html
>秀吉も最初は、お拾と秀次の娘を婚約させたりして、「秀次の後に拾に政権移
>譲」というような方向で進めていた。しかし、お拾の実母である淀殿はそうはい
>かない。早いところお拾に後を継がせたい。淀殿は、そうするように秀吉に進め
>たであろう。また、秀吉の家臣である石田三成も淀殿に同調して、秀吉を説得し
>ていたという。

まあ秀吉が最初から秀次を始末しようとしていたと言う様な
描写も多いだろうが
実際は周囲の人間の意向も
有った訳だろうか


>ここに、さらに関白秀次謀叛事件が発生する。この頃、会津の蒲生氏郷が没した
>のだが、太閤である秀吉は、氏郷の遺児・鶴千代の相続を認めず、会津は没収と
>決定した。ところが、名目上の最高権力者である関白秀次の所に、裁可を求める
>使者が来た時、秀次は「鶴千代の相続を認める」と判決したのである。

>事実上の最高権力者はむろん太閤秀吉なのだが、形式上、関白である秀次の裁可
>は必要だった。ここで、秀次はついに秀吉に対し謀叛をしたとみなされ、関白職
>を剥奪されて高野山に追放された。

まあしかし此れが無ければ或いは
秀次が後継者と成っていた可能性も
有る訳だろうか



http://www.m-network.com/sengoku/sen-14.html
>高野山蟄居を申し渡された彼は、じっとしていればよかったのだが、何と朝廷に
>銀五千枚を献上する。これを秀吉は朝廷に取り入って復権を図ろうとする行為と
>断じ、彼を追放処分から切腹処分に変更したのである。秀次は決してこのような
>意図の上で寄進したわけではなかったろうが、そのタイミングが悪すぎた

まあ此れは実際どうだったのかだが
献上と言うのは秀吉の作り話と言う
可能性も有るのかどうかだが
そうで無いとすれば
秀吉等の陰謀と言うのは
有ったのかどうかだろうし
秀次を失脚させる意図は無かったと言う
可能性も有る訳だろうか


>秀吉も秀頼誕生の翌月に、秀次に「日本を五分してその四を秀次に、残りを秀頼
>に」という懐柔案(?)を示し、秀次も一旦了承する。そして彼は困窮した大名達
>に金を貸し、それによって自分の味方を増やそうと目論むが、秀吉はもはや秀次
>に後を継がせる気はなかったと見え、五奉行たちを指図して次々と彼の言動を糾
>弾し始めてきたのである。もっとも、糾弾されてしかるべき事をしでかしている
>のは秀次なのだが。

まあ大名に金等貸さなければ
何等糾弾は受けなかったと言う
可能性も有る訳だろうか



>まあ大名に金等貸さなければ
>何等糾弾は受けなかったと言う
>可能性も有る訳だろうか

此れが秀吉の作り話と言う
可能性と言うのは有るのかだが
違うとすれば秀次を失脚させる
陰謀と言うのは
有ったのかどうかだが


妻子皆殺しと言うのも
陰謀であれば逆に無用だったかも
知れぬし
http://home4.highway.ne.jp/hibari/top/sengoku/hidetugu.html
>政宗は実際に謀反をほのめかす文書を秀次に送っていましたが、

と言う様な事も有った訳だろうし
秀次に側室を提供していた・
或いは協力していた大名を
(彼等自身を処罰せず)牽制する為に
皆殺しにされたと言う可能性も
有るのかも知れぬし
大河ドラマ等に有る様な
狂った行動や陰謀等では
無い可能性も有る訳だろうか
(陰謀なら側室等を殺して
 大名を無用に牽制する必要は
 無いと言う事かも知れぬが)


まあ矢張り秀長や鶴松が死んだから
秀吉が朝鮮に侵攻したとか
秀頼を後継者とする為
秀次を殺した等と言うのが
矢張り正しいのかどうかだろうし
朝鮮侵攻と言うのも
単に国内を統一したから次を考えただけと言う
事かも知れぬし
狂った人間の考えなのかどうかだろうし
(まあ矢張り世界征服を考えた
 アレクサンダーやカエサル・ナポレオン等が
 狂人だったのかどうかだが)
西国大名牽制の意図と言うのも
果たして有ったのかだが

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