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日本の城の防御能力 3 

http://rekisikenkyuusha.blog60.fc2.com/blog-entry-105.html
上の続きだが

http://www.obromley.co.uk/web/concept/star_fort.htm
西欧の新型要塞も日本の城同様に
城壁と言うのは分厚いから
此れに大砲は通用するのかだが

http://yasai.2ch.net/army/kako/998/998225170.html
> ヴォーバンは強化された城壁を砲撃によって破壊する技術を体系化した
> まず城壁の破壊する区域を決め、そこに1本の水平線に沿って一連の穴を開ける
> 目標とする水平線は十分高い場所を選定し、砲撃によって崩れ落ちる砕石や建材が
>攻城砲を狙って待機している守備隊の突撃部隊の出撃を阻む必要があった
> 全ての場所に穴を開け終わると、砲撃を水平線の両端から上へ移し、上方へ短い間隔で
>並ぶ一連の穴を開けて城壁のその部分を周囲の構造から切り離す
> この結果、内部にある砕石と土が石積みを楚世側に押し出させて崩れ落ち、
>突破口を開いた

新型要塞も傾斜している城壁を外側に崩して
傾斜を緩やかにされれば
容易に上れる様に成ると言う事かも知れぬし
日本の城も同様の方法でやられ得る訳だろうが
火縄銃の射程は西欧より長い訳だろうし
精度の高い大筒も有るから
攻城砲台は遠距離に設置しないと
やられる可能性も有る訳だろうか


>ヴォーバンは、攻城砲の射撃位置を城壁から250~500メートルと考えていた
>また、「400メートル以上でも300メートル以下でもいけない」とも言った
> しかし、実際の攻城戦では、城壁の破壊は攻城砲が城壁から200~250メートル
>の位置に展開して行われていた
> 理由は簡単だった
> ヴォーバンの推奨する距離では、城壁を破るのに必要な砲弾はどんなに楽観的に
>見積もっても5000~6000発は必要だったからだ

250m先から攻城砲を放たれれば
大筒では狙撃出来るのかと言う事だろうが
砲を狙うなら的は大きいと言う事かも知れぬが
火縄銃でも砲を操作している人間は
ある程度は狙えるかも知れぬが


> 4門の24ポンド攻城砲が城壁から400メートルの位置に展開し、ヴォーバンの
>薦める5000~6000発の砲弾を1日100発の速度で射撃すると仮定した場合、
>12万~14万4000ポンドの砲弾と6万~7万2千ポンドの火薬、そして
>12~15日の砲撃期間が必要となった

400m先から攻城砲を放たれたら
流石に大筒や火縄銃での狙撃も厳しいと言う事は無いのかだが
西欧の防御砲でも恐らくこの距離からの砲撃を受ければ
反撃は困難な訳だろうし
敵の突入時に火縄銃の精度を利用して
遠距離から狙撃する以外無いと言う事かも知れぬが


http://www.city.ueda.nagano.jp/kankoka/sanada/contents/column/hinawa/teppo_tai.html

>また、町打(ちょううち)という100mをこえる遠距離射撃も行われたそうで、3町(327m)の距離から3尺(90cm)の的を打って競ったというのには驚かされる。
>また細川家の家臣松野亀右衛門という名手は、島原の乱で原城を攻撃する際、5町(545m)先の敵を打って外さなかったそうである。

と有るから
400m先の砲手に当てられなくは無いと言う事かも知れぬが
砲の周囲に壕を作られたり防弾板でも張られれば
アウトかも知れぬが


http://www.japaneseweapons.com/hinawajyu/shurui/index.htm
>狭間筒
>城の狭間、船舶などに固定して射撃されたもので全長が150cm以上ある。口径は大きく重量も重い。10kgくらいある。2-300mの距離を照準したものと思われる。

此れでも300m程度先の的なら
狙えたと言う事かも知れぬが



http://www.cypruscollector.net/amp11.html
西欧の新型要塞も写真や上の絵を見る限り銃眼は無い様に見えるが
壁の下部と言うのは可也強固なのだろうか
(まあしかし銃眼も無いのでは
 日本軍と戦ったら火縄銃で一方的に遠距離から狙撃されて
 やられると言う事は無いのかだが)

西欧軍の銃では日本の城の塀は打ち抜けず
大砲では塀を遠距離では狙撃出来るのかだが

コメント

http://yasai.2ch.net/army/kako/998/998225170.html
> 4門の24ポンド攻城砲が城壁から400メートルの位置に展開し、ヴォーバンの
>薦める5000~6000発の砲弾を1日100発の速度で射撃すると仮定した場合、
>12万~14万4000ポンドの砲弾と6万~7万2千ポンドの火薬、そして
>12~15日の砲撃期間が必要となった

24ポンドの砲4門でも十分新型要塞は
攻略出来たのかだが


http://unkar.jp/read/hobby11.2ch.net/sengoku/1170948109
>WIKIとかに、305門の大筒による一斉射撃が12月16~19日にかけて行なわれたとあるが
>徳川方はイギリスから弾丸重量18ポンドのカルバリン砲4門、5ポンドのセーカー砲1門に加え、
>オランダから33~41ポンドのカノン砲12門を輸入して使ったそうだ
>残りの砲は1貫百匁の芝辻砲が多かったんだろうか?
>豊臣方もフランキ数門で反撃したんだと

大阪城攻めでは24ポンド以上の砲も
10門以上は使われている訳だろうから
城壁を崩す事は十分可能だったかも知れぬが
ウォーバン以前には新型要塞の様な傾斜した分厚い城壁を
上手く崩す事は可能だったのかどうかだが


24ポンドクラスの砲は
大阪城攻め前には使われていたのかだが
http://www.geocities.jp/cont_sonde/webs/kunikuzusi/kunikuzusirepurika.htm
国崩しは10cm程度の口径だろうし
http://www.geocities.jp/nosuka02/SUNPOU_L.html
1000匁程度の重量の砲弾では
10ポンドも無い訳だろうか

攻城砲を防護する為に
城の防御砲台を叩く必要も有るかも知れぬが
1貫の芝辻砲程度でも
西欧の新型要塞の防御砲台は叩けたのかどうかだが
更に小さい砲ではどうだったのかだが


http://72.14.235.104/search?q=cache:plLEYz54aGoJ:hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1178354527/170n-+%E8%8A%9D%E8%BE%BB%E7%A0%B2&hl=ja&ct=clnk&cd=21&gl=jp&lr=lang_ja
>ただ、日本も秀吉の小田原攻めでは小型仏郎機が多いだろうが1000門以上が集まったそうだ。
>洋式砲の導入も行なっており大阪冬の陣で徳川方が
>オランダ製カノン砲・カルバリン砲・セーカー砲十数門を含めた305門の砲撃を行なっている。
>大半は家康が国友に1,000門近く発注した芝辻砲らしいが。

低精度のフランキが1000門有っても
櫓を狙うか
近距離から塀を狙う程度しか無理かも知れぬが
芝辻砲が1000も有れば
新型要塞の防御砲台を壊滅出来ないのかどうかだろうし
此れは城の防御砲台としても使えると言う事は
無いのかだが


砲弾が1貫=3.75kgの芝辻砲なら
石で防護した塀も貫けるかも知れぬし
攻城砲台の防弾板や壕も
破壊出来ないのかどうかだが


>低精度のフランキが1000門有っても
>櫓を狙うか
>近距離から塀を狙う程度しか無理かも知れぬが

塀の背後の石垣を狙って
破片で兵を倒すと言うのも
小田原城には石垣は確か無いなら
困難だった訳だろうか

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%B3
>攻城法としては、1673年のマーストリヒト攻囲戦で平行壕を、アウグスブルク同盟戦争では坑道戦や跳飛射撃(砲弾を地面で跳弾させ多数の敵を殺傷する射撃法)を導入した。

防御砲を避ける為の塹壕を用いて城を攻略したのは
西欧でも1673以降なのかだが
トルコではもっと早期に
導入されていたかも知れぬが
坑道戦はヴォーバンが最初では
無論無い訳だろうか

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