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日本の城の防御能力 

http://ex24.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1200308115/
>○土塁・石塁
>西洋に比べれば甘いといわざるを得ない。
>法面はゆるく十二分に上りうるし、火砲の落角に対し垂直に近い。
>ほぼ役に立たないだろう。

此れは日本の城の評価なのかだが
西欧の新型要塞の城壁や中国の城壁も傾斜しているだろうし
大砲に対する防御力は熊本城等を見る限り非常に高いと言う事だっただろうし
朝鮮で日本が作った城は一つも陥落していない訳だろうか


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A2%81%E5%B4%87%E7%85%A5
>そして山海関の外郭として寧遠城(現在の興城県城)を築城した。この城は、城壁の高さは10.2m、城壁の厚さは基底部で約9.6m、上部で約7.7mあり、ほぼ方形で、4つの門をもっていた。

中国の城の壁と言うのも厚い物でも
恐らく10m程度だろうが


http://menamomi.net/photo/siro/kuma/010.html
日本の城の城壁の場合は壁を作るのでは無く
小さな山を石垣で覆っているから
10m以下等と言うのは一部の石垣の上部や
橋の様な薄い所だけだろうか


>○構造物について
>脆弱。評価するにも足りない。所詮おままごとの飾りにすぎない。

西欧の当時の要塞にも構造物等は飾りしか無いだろうし
此れに防御を依存している訳では無い訳だろうか


>日本の城郭、いや城郭以前の山塞はあまりにも脆かった
>だからこそ古来より原始的な投石機さえ用いられなかった

古い城は
城と言うより山の上に盾を並べただけだろうから
投石器を盾の部分に当てないと打撃は与えられない訳だろうし
投石器で山を崩すのは困難と言う事は無いのかだが


>かたや大陸の城郭は強固な煉瓦や石材を用いたため、
>攻城兵器なしでは城攻めは厳しかった

朝鮮の城の城壁は余り傾斜して居らず
厚みも10m以上は無いだろうから
投石を防ぐ為の亀甲車に乗って前進し
石を外したら容易に崩れたと有るが
どうなのだろうか


http://homepage2.nifty.com/yogo1394/oosaka/chihayaakasaka.htm
上は楠木正成が南北朝時代に篭った
千早城だが
この様な物を投石器で陥落させるのは
非常に困難と言う事は無いのかだが

>南北朝時代の城などというのは、たいして技巧的なものではなく、山頂部を少し削平した程度のものがほとんどであったのだと思う。

山の上部を平らににして
板や盾を並べたただけの物も
確かに多いかも知れぬが
平らにした部分を掘って堀を作ったタイプの物は
この時点では未だ無かったのだろうか


http://homepage3.nifty.com/aming/dai-nankou-1.htm
>↑ 千早城にてゲリラ戦を展開する楠木勢

上の様に山の上に盾を並べて
石や木を投げていただけと言う事は無いのかだが
高所に有れば此れでも落とすのは極めて
難しい訳だろうか
(弓を使えない様な雑兵や人夫でも
 石や木は投げられる訳だろうか)


http://www4.airnet.ne.jp/kmimu/castle/tokai/iwamura.html
標高700mに有る山城(岩村城)等も有るが
此れも兵糧攻めは兎も角
強襲では陥落していない訳だろうか


http://homepage2.nifty.com/yogo1394/oosaka/chihayaakasaka.htm
>これらの記述からして、『太平記』に描かれた、楠木正成が最初に籠城した赤坂城はここであった、というように見てよいと思われる。

>城地はかなり改変されているが、そうでなかったとしても、南北朝期の城、しかも、籠城に際して、急遽築かれた城であるから、もともとたいした遺構はなかったに違いない。
>『太平記』にも「にわかにこしらえたりと見えて、はかばかしく堀も掘らず、僅かに塀一重塗って、方一、二町には過ぎじと覚えたるその内に、櫓二、三十がほど掻き並べたり」とある。
>にわか造りの簡素な城郭だったのである。櫓の数だけはけっこうたくさんあったようだが。

堀はこの時点でも
一応有る訳だろうか


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B8%E4%BA%80%E5%9F%8E
>城の形式は輪郭式平山城。丸亀市街地の南部に位置する亀山(標高66m)を利用し、日本一高い60mの石垣は、
>荒々しい野面積みと端整な算木積みの絶妙な組み合わせにより扇の勾配と例えていうことがある。

丸亀城には高さ60mの石垣等も有るが

http://castle.slowstandard.com/60shikoku/62kagawa/post_220.html
>三の丸・二の丸・本丸の石垣総高は60mもあり、日本一である

と有るから
一つの層の高さが60m有る訳では
無い訳だろうか


単一の層が一番高い石垣と言うのは
何処に有るのかだが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%B3%80%E4%B8%8A%E9%87%8E%E5%9F%8E
>改修は豊臣討伐に備えて濠を深く、石垣も高くした。石垣の高さは約30mで長年日本一といわれてきた(実際には大阪城が最も高い)。南には二ノ丸も構築した。

と有るが

http://www.geocities.jp/senryusai/senryusai.siseki2.html
>内堀と本丸石垣(中央から奥の石垣は高さ32mと日本一の高石垣)。この一帯にはかつて三層の櫓が連なっていた。ちなみに豊臣大坂城の石垣の最高位は本丸石垣の17m。

大阪城の石垣の高さは32mと
上野城とほぼ同等と言う事だろうか


>のちに後金が山海関を越えたいきさつを考えても、

此れも朝鮮の城の様に
亀甲車で石を外されたら
倒壊しないのかだが
密集して突撃するとヌルハチの様に大砲に
やられ得る訳だろうか


http://www.amazon.com/Japanese-Castles-Korea-1592-98-Fortress/dp/1846031044/ref=sr_1_48?ie=UTF8&s=books&qid=1224611731&sr=1-48
日本の城の場合
壁の銃眼だけでは無く上部からも一応
銃撃は可能の様だが
西欧の星型要塞ではこの部分は
どう成っているのだろうか


水攻めと言うのも内部が高く成っている日本の城には
中々通用し難い部分も有る訳だろうが
大量に水を流し込まれれば内郭も水没し得る訳だろうか


まあしかし内郭が高いと言う事は
外部から早期に砲撃されるリスクは有るかも知れぬし
内郭の石垣に命中すると破片で外郭の人間がやられるリスクも
有るかも知れぬが
土塁の場合は問題は無い訳だろうか

イタリア戦争では高い旧式の城壁を土塁で覆って
砲弾を防いだ例も有る様だから
砲弾の破片が問題なら石垣を土で覆うと言う手も
有る訳だろうか

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