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2017.10

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元寇時の元軍・南宋軍の編成・装備 

http://www.geocities.jp/shokatusei/nansong/04.html
>宋朝の対面する主要な敵は北方王朝の騎兵であることにより、大部分が弓弩手で、少ない部分が槍手、刀手で、その他に少量の火器兵の配属があった。
>後、南宋の時代になると、火器が増加し、砲兵の数も増加したが、弓弩手を歩兵の先頭におく構造はまだ改変されなかった。

南宋軍は近接戦用の兵が少ないと言うから
船上の白兵戦では容易にやられたと言う事かも知れぬし
日本の楯を並べる楯突戦に対して弓は余り有効では
無かった訳だろうか


http://www.teamrenzan.com/archives/writer/matumura/post_226.html
>重騎兵は、通常、皮革製の鎧、状況によって敵軍から奪った鎖製の完全な鎧を着用し、当時のビザンチン帝国の騎兵や中国騎兵が着用していたものと同じような兜をかぶっていた。
>重騎兵の乗馬にも皮革製の鎧を着せていた。重騎兵の主武器は槍(ランス)であった。
>1個師団の60パーセントを構成する軽騎兵は、兜を着用していたが鎧を着ていなかった。しかし、その運動性はきわめて軽快で、あらゆる地形を克服し戦闘することができた。

モンゴル騎兵の4割は皮甲を装備して居たと言う事なのか
どうかだが
馬甲迄4割有ったのかどうかだが
モンゴル重騎兵も弓でダメージは与え難いかも知れぬが
近接戦では可也脆かったのかどうかだが


>軽・重騎兵はいずれも三日月刀か、戦斧を携帯し、戦闘直前に着用する絹シャツを携行していた。
>ジンギス・カーンは矢が厚手の絹地を貫徹することが難しく、単に将兵を負傷させるだけであることに気付いていた。中国人の軍医は絹地を引っ張るだけで、しばしば突き刺さった敵の矢頭を負傷した将兵の体から引き出すことができた。

軽騎兵も綿甲は装備しているが
矢は完全には止まらなかった訳だろうか


http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5215/fubu/min.htm
明騎兵も元の影響で
鎖を利用している訳だろうから
モンゴル重騎兵の鎖帷子と言うのは上と同様と言う
事かも知れぬが


http://www.juno.dti.ne.jp/~tenchi/DETA/kaisetu/kaisetu%20hukusyoku.htm
>チェインメイルや皮製で、軽くて硬い。
>もっとも、本当に鎧を着ていた兵士は少なく、10人に1人くらいとも言われている。

モンゴル兵も鎧は余り装備して居なかったと言う意見も有るが
どうなのかだが


http://www.gaopu.com/gendai.html
中央のモンゴル兵は皮甲かも知れぬが
此れなら弓は止まった可能性も有るだろうが


http://www3.plala.or.jp/ccc1/twmu/Medieval/2.3.html
>重装騎兵は革の上に金属甲片をひもで綴った鎧、金属製兜と首当てを着けた。(中)
>中後期、火器が発達につれ、鎧も変わった。分厚い棉や絹布地の中に鉄の甲片を仕込み、表面に銅の釘で固定した棉甲が誕生した。

綿甲は何時頃の
登場だったのかだが
此れを装備している兵は多かったのか
どうかだが

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モンゴルの弓と日本の弓の性能差・他 

http://tinyangel.jog.buttobi.net/Arm/Bow.html
>グリップ位置 : 洋弓は弓の中心、和弓は下から約1/3のあたり。
>これにより和弓は自然と弓なりに矢が飛び、そのため射程が伸びます。
>実はロングボウも上向きに発射すれば射程は伸びるのですが、狙いと異なる的へ向けて発射することになるので、その分精度が落ちます。
>和弓は狙いをつけたまま射程を伸ばせるのですが、距離の調整は使用者の経験に左右されるため、命中させるのが難しくなります。

中遠距離の精度は日本の弓の方が上と言う
事かも知れぬが
狙撃が基本なら近距離から射撃をして居たと言う
事は無いのかだが
(モンゴル軍が負けたのは遠距離での弓の精度差と言う事も
 有るのかも知れぬし
 遠距離からの強化弓の矢なら大鎧でも止まる訳だろうか
 モンゴル軍も揺れる船上からの射撃が
 命中しなかった為にやられたと言う
 意見も有るだろうが
 船側の防弾装備と言うのも
 有るかも知れぬし
 上陸時に遮蔽物の無い侭可也弓で撃たれたのが
 敗走の原因かも知れぬが)


>矢の放ち方 : 洋弓は、矢をセットする部分が窪んでいる、あるいは弓身に穴が空いており、矢は弓の中心を通るように設計されています。

此れは古いロングボウには
見た所無いし
モンゴルの弓にも無い様に見えるが


http://www.tamagawa.ac.jp/sisetu/kyouken/kamakura/kyuba.html
どの程度の距離かは不明だが
フライパンが貫かれているが
大鎧もモンゴル弓に対しては
無力だったと言う事は無いのかだが
矢がボドキン状では無いので余り威力は
無いのかも知れぬが


http://ihbaa.org/goods.html
http://www.kismeta.com/diGrasse/BowPolish.htm
トルコ・モンゴルの弓は構造はほぼ同じだが
モンゴルの弓も600m等
飛ぶのだろうか


http://www.warbirds.jp/ansq_old/C1000503.html
>また満州兵の弓は極めて速射がきいたのですが、射程は劣り600メートルは飛んだトルコ弓(インド軍-アクバル)に比べるとかなり貧弱です。

と有るが
モンゴル軍の弓と満州兵の弓と言うのは
同様の物では無いのかだが



大鎧の場合はしころや袖の部分で
矢は止まっていたかも知れぬが
当世具足ではしころの部分で何とか止まると言う
程度かも知れぬが
此れが出て来たのは銃の時代であるから
矢に対する防御は捨てて
軽量化したと言う事だろうか

室町初期の胴丸なら
大型の袖が付いて居る物も多いし
此れは矢に対する防御力は
有ったと言う事だろうか
(槍や弓も横に構えて使用するので
 横方向の防御力が必要である
 訳だろうか)


http://bunkazai.ysn21.jp/sonota/meisyou/gusoku.htm
胴丸の袖は
大鎧の袖と大きさは
変わらない訳だろうか



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87
>前回の文永の役での元の戦力を分析し、日本は元軍より射程距離の長い弓矢を開発して使用した。

と有るが
弓の形状がモンゴル的に変化した訳では
無いだろうし
こんな事は可能なのか
どうかだが


http://www.fletcher-family.co.uk/C13th%20Fletchers.htm
西欧の弓の形状はモンゴル弓とは
全く異なる訳だろうし
外側への反りと言うのは無い訳だろうか



http://www.city.kobe.jp/cityoffice/06/014/genpei/bugu/bu_kougeki.html
日本の弓も物に拠っては中央部も外側に湾曲して居る
物も有るが
モンゴルの弓程では無い訳だろうか


>伏竹弓は弦を外しても湾曲している。 しかし、伏竹弓の弦を外した状態での反りは裏反りといい、この湾曲のままに弦を掛けるのではなく、弓を押し撓めて逆の湾曲を作って弦を掛ける。 だからよけいに強い弓となるのである。

伏竹弓の場合は丸木弓やロングボウ等と異なり
モンゴルの弓同様に外側への湾曲は有る訳だろうか
(日本の場合は夏場は熱で膠が溶けるから
 丸木弓も併用していたと言うが
 モンゴル側の弓は膠は
 溶けなかったのかどうかだが)


http://www.0986.jp/yumi/reksi.html
蒙古襲来時は三枚打弓だったと言う事だろうが
射程を延ばす為の改良と言うのは何なのだろうか



http://makimo.to/2ch/academy4_history/1060/1060607305.html
モンゴルの矢は長射程だが軽い為に武士の鎧を容易に貫く事が出来なかった。
船の上からだと弓による狙撃はまず不可能で結果大量に消費する一斉射撃を
繰り返して弓矢の欠乏を招いたとか。
逆に日本の矢は短射程だが重量が有り、硬く鋭い矢じりは、射程内なら皮の鎧を
貫く事が出来た。上陸してくる敵を狙撃する事で効率よく殺せた事とか。


弓は日本のほうが射程も殺傷力も遥かに上
さらに、『弓馬の道』『海道一の弓取り』という言葉が示すように
武士の主戦兵器が弓であり、熟達していた
隊列を組んで整然と前進してくる元軍に対して
長大な射程を生かして後方の指揮官を弓で倒す
作戦を取っていた模様


日本側も射程を延ばす為に
モンゴルの矢と同様に軽い矢を
使用したと言う事かも知れぬし
弓の威力が足りなければ
モンゴルより軽い矢を使用したと言う
可能性も有るかも知れぬし
モンゴル兵の鎧は軟皮や綿なので
軽量な矢でも貫通したと言う
事かも知れぬが



>一方、金や宋、中央アジアの城塞や都市国家を攻める際には
>長弓と呼ばれる大きな弓を使っていて
>こちらは城壁越しの攻撃が可能なように遠距離戦を
>得意としていた
>(蒙古騎兵の得意技『草原での待ち伏せ』にも使われた)
>蒙古騎兵は、騎射で短弓、歩射で長弓を使い分けていた


此れは軽い矢を使っても可也威力が有ったと言う事は
無いのかだろうし
船上から使用される弓はこのタイプだったと言う
事かも知れぬが
此れをアウトレンジする為に日本の弓が可也
軽い矢を使用したと言う事は無いのかだが


>三十三間堂では仰角を制約される事も知らずに和弓の飛距離が短いなんてほざいてた奴がいたのか。

まあしかしモンゴル弓の外側の湾曲等を考えれば
短いからと言って飛距離が無いとするのは
どうなのかだろうし
角・腱と竹と言うのは何れが良い素材なのか
どうかだが



http://www.town.morimachi.shizuoka.jp/kankou/choshi/choshi-27.html
日本の鏃もロングボウのボドキンの様に
可也細い物も有るが
http://sussen.com/shopsite_sc/store/html/product129.html
上のボドキンと比べて貫通力は
どうなのだろうか
(モンゴルにもこの種の鏃は
 有ったのだろうか)

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