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バイキングの兜・シールドの防御能力 


兜で刃は止まっても
衝撃で首が保つのかだろうし
台座が壊れている訳だろうが
板金のゴルゲットを装備しても
トーナメント用の物で無ければ
首への衝撃は止まるのかどうかだが

兜の上部を尖らせて攻撃を逸らせれば
首に負担も掛からない可能性は有る訳だろうが
斜め上からの攻撃には無力である訳だろうか



センターグリップタイプの盾では
斧で壊れなく共回転して
体が衝撃を受ける可能性は有るだろうが
腕に通すタイプの盾では
どうなのかだが
腕が動いてダメージを受ける或いは
腕が捩れるリスクは無いのかだが

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戦国時代の乗馬突撃 

http://www15.wind.ne.jp/~kisaihakubutukan/kisaijo/4sengoku/1buki.htm
>戦国時代の元亀(げんき)2年(1571)、北条氏(ほうじょうし)が「合戦(かっせん)の時、馬に金の馬甲を装着(そうちゃく)すること」を定めています。

戦国時代に乗馬突撃が無いと言うなら
こんな馬鎧を義務付ける必要は有るのかと言う事だろうし
追撃時だけの突撃なら馬甲等必要なのかだが
全ての武将が乗馬突撃をして居たと言う事では
無いかも知れぬが


http://blog.livedoor.jp/hongxilong/archives/51654413.html
>魔王・織田信長。
>彼が戦場で
>「黄金の馬甲を使った」とあったのです。
>「馬甲」というのは馬の鎧で、
>敵の攻撃から馬を守るために着せる代物なのですが
>これを「黄金」って……。

>馬は臆病な生き物で
>光りものなどをみると本能的に怯えてしまいます。
>「黄金の馬甲」は、この馬の習性を利用したもので
>敵の馬が「黄金の馬甲」にひるんで
>棒立ち、棹立ちになったところを襲う……というもの。

馬甲と言うのも敵の騎馬武者を混乱させる為の
物だったと言う可能性も有るだろうし
此れを装備して突撃する訳では
無いと言う事かも知れぬが
練皮等を利用している事を考えれば
突撃もしていたと言う事は無いのかだが
味方の馬は光を見ても
問題無かったと言う事なのかどうかだが


http://209.85.175.104/search?q=cache:phhl0gUYWiMJ:gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1169131109/501-600+%E9%A6%AC%E7%94%B2%E3%80%80%E5%8C%97%E6%9D%A1&hl=ja&ct=clnk&cd=25&gl=jp&lr=lang_ja
>装飾なら革鎧と同じ製法の練革で作った馬甲札など使わず、布で十分なはず。
他に鉄製や鎖製のものもある。

装飾に過ぎないとすれば鎖や板金製の物等
確かに必要なのかだが


>河越城の戦いでも北条氏康が機動性を奪う事になるか
>ら馬鎧を外せと言っているから馬鎧が馬の機動性を損
>ねたのは間違いない。

騎馬武者が単独で突撃しなければ
機動性を考える必要は有るのかだが
追撃時の機動性を考慮した可能性も
有る訳だろうか


>ほかに天正3(1575)年の家久君上京日記によれば、
>上洛した島津家久(貴久四男のほう)が目撃した行軍中
>の信長は馬廻衆100騎にみな馬鎧を着せていたらしく
>戦場でも馬鎧を着けていたであろうと推測はできる。

信長の場合は全ての騎馬武者に馬甲等
装備して居たのかどうかだが


http://otuken.cocolog-nifty.com/blog/cat6949905/index.html
>例えば、「しゃちょう英雄伝」ではサマルカンド攻略の際
>に、蹄鉄云々の話をしているが、当時のモンゴル在来馬
>は装蹄していないはずだ。「東方見聞録」にもそのことは>書いてあるし、現在のモンゴルでも蹄鉄は付けていな
>い。(当然突厥の時代も装蹄していないはずだから、「ヘ>ブン・アンド・アース」(これも中国の映画だ)で安が蹄鉄
>を拾って何か言ってるのはおかしいよなー。)言わなきゃ>良いのに、騎馬民族っぽさを出そうとして墓穴を掘って
>る。

蹄鉄が無いと騎馬突撃は無理と言う意見も有るだろうが
モンゴル軍は蹄鉄の無い馬で
重装騎兵の乗馬突撃をしている訳だろうか


http://hail.web.infoseek.co.jp/rekishikan_uma.html
◆攪乱(かくらん)作戦<
乗込(のりこみ)
敵陣地と接近して布陣した場合、少数の騎馬武者を「物見」に仕立て、そのまま敵陣へ乗り入れる。

◆混迷作戦
乗切(のりきり)
合戦中に敵の崩れた部分に一気に乗り込みかき回し混乱させる。


乗り込みは乗馬しての偵察だろうが
乗り切りは乗馬突撃なのかどうかだが

シールドウォールの騎兵防御能力に関しては 

ヘースティングスで使われた
ノルマン騎兵の馬は
大型馬のペルシュロンなのかだが
1トンの馬がシールドウォールで
止まるのかどうかだが


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AD%E3%83%B3
>原産地はフランス・ノルマンディーで、成立は8世紀に遡りフランス原産の重種にアラブ種等の血が入っているとされる。

と言う事は
ヘースティングスのノルマン重騎兵は
ペルシュロンを利用していた可能性も
高いのかどうかだが


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC
>シャイヤー
>原産国はイギリスで、ノルマン・コンクエストによって持ち込まれたヨーロッパ大陸の大型馬に由来する。

ノルマン・コンクエスト時に
英に大型馬が持ち込まれて居たと言う事は
ヘースティングスの時のノルマン騎兵も
ペルシュロン等の大型馬だった可能性は高い訳だろうが
ランス・チャージは無い時代としても
シールドウォール+短槍でこれの突撃を
防げるのかどうかだが
ヘースティングスでは
正面からの騎兵突撃で
サクソン歩兵の撃破は出来ていない訳だろうか


馬の体重が槍に掛かるランスチャージを受ければ
シールドは容易に貫かれて
やられると言う事だろうか



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
>ハロルド2世が討ち取られたとされている地点はハロルド軍側から見て右翼の丘の中腹にあるが,丘のこちら側は勾配が他の部分に較べて緩やかなことから,ギヨーム軍がハロルド軍の右翼に攻撃を集中させた為,
>ハロルド2世も右翼に移動して前線で戦闘に参加して落命したとの見方もある。

ヘースティングスのサクソン軍は丘の上に布陣していただろうし
傾斜の緩い所ではシールドウォールが突破されていたと言う可能性も
上を見る限り有るのかも知れぬが
ノルマン騎兵の馬がペルシュロンの様な大型馬では無く
小型馬だったらどうだったのかだが

トゥール・ポワティエの戦いでのウマイヤ朝軍の敗因は 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A8%E9%96%93%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
カルラエでは盾を持つローマ歩兵が
パルティアの弓騎兵に敗れているし
ヘースティングスでも射撃で
シールドウォールがやられているから
トゥールポワティエでは
弓兵が十分射撃をしてから騎兵が突撃すれば
イスラム側が勝てたかも知れぬし
フランクの弓兵の反撃が激しかったから
弓兵が長時間射撃をしてシールドウォールを
崩せなかったと言う事では
無いかも知れぬし
フランクの弓兵等ローマ同様に
恐らく大した事は無い訳だろうか

弓歩兵相手なら重歩兵も
マラトンの様に
素早く突撃すれば
弓騎兵が塹壕等で守られて居なければ
勝てたかも知れぬし
スイス槍兵も同様の戦術を用いて居た訳だろうが
弓騎兵相手にこの戦術を用いても
ローマ歩兵がやられた様に
パルティアンショットを受け続けて
やられると言う事だろうか


http://www.k2.dion.ne.jp/~tactic/tours.html
>フランク軍の司令官カール・マルテルは自軍
>がかなり劣勢であり、普通に戦えば敗北は間
>違いないことをよく理解していました。この
>ためフランク軍は、小高い丘の上で完全に守
>りの戦闘態勢をとります。

イスラム軍も射撃は可也していたが
丘の上で騎兵の衝撃力が鈍っているのを
考慮出来無かったと言う可能性も
有るだろうが


>. 戦闘中のイスラム軍にある噂が広がりま
>す。その噂とは、後方のイスラム軍陣地がフ
>ランク軍の騎兵隊に狙われているというもの
>でした。後方の陣地には、イスラム軍兵士た
>ちがボルドーから強奪してきた大事な戦利品
>が置いてありました。噂を信じたイスラム軍
>兵士の多くが、自分たちの戦利品を心配して
>陣地に引き返し始めます。噂は広がり続け、
>ついにはイスラム軍の大半が戦場から離脱し
>ていくことになりました。

此れが無ければフランク軍は壊滅し
欧州はイスラム化されて居た訳だろうか

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