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2017.10

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日本の弓もモンゴル弓と同様のリカーブボウか 

http://www.city.kobe.jp/cityoffice/06/014/genpei/bugu/bu_kougeki.html
日本の弓も形状を見ると
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%9C%E3%82%A6
上のイングランドのロングボウと異なり
末端は逆方向に湾曲しており
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A8%8E%E5%B0%84
上のスキタイ・モンゴル弓同様の
リカーブボウだろうから
構造的にモンゴルの弓より不利と言う事は有るのかだろうし
素材も角や腱は利用していないが
焦がした竹と言うのは角や腱より
強力と言う可能性は無いのかどうかだが
(形状的には明らかにスキタイ・モンゴルの影響を受けているだろうが
 角や腱を利用しなかったのは何故なのかだが
 コストの問題と言う可能性も有る訳だろうか)
上下非対称だと精度が悪く成ると言うが
スキタイの弓も上下非対称では有る訳だろうか


http://www.shibuya-archery.com/proshop/point_b.html
>リムは、ベーシックなものはハードウッドの芯材にグラスファイバーを貼りあわせたものが一般的です。
>グレードの高いものは、リムを構成する素材にカーボンを使用して反発力を高めてあるため、より軽いポンドで、より早く矢を飛ばすことができるようになっています。

現代の高級弓は
カーボンを利用しているし
動物の角や腱は利用して居ない訳だろうし
日本の弓の焦がした竹は
カーボングラファイト構造であると言う
事だっただろうか


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E5%BC%93
>中打ちはさらにヒゴと呼ばれる黒く焦がした短冊状の竹を数本横並びに重ね合わせ、さらにその両脇を木で挟み込んでいる。完成品の弓の横脇には前竹、外竹に挟まれた形で木が見える形になり、この木を側木(そばき)と呼んでいる。
>竹は火を入れ焦がす事により、竹の繊維・維管束の主成分セルロースの結合が次第に強くなって行き、最終的にカーボングラファイト構造をした天然の炭素繊維になる。これにより軽く強く撓るようになり、弓の芯、ヒゴに使用されている。

>竹弓は引く事により、中打ちを芯として外竹が引き延ばされ、内竹が圧縮され内外竹がスプリングの様な働きをする事で弓としての反発力を得ており、側木や竹の性質、中打ちのヒゴの焦がし様やヒゴの数によって弓の性格が大きく変わってくる。
>この事から外竹は白色のまま、内竹は白?色が付く程、ヒゴは黒く焦げる程に火を入れ、それぞれの部位に合わせた素材の性質を引き出しているのが一般的な竹弓である。弓力(弓の強さ)は、弓の厚みを薄く、または厚くする事で概ね調節される。

中竹は余り焦がしては居ない訳だろうし
中央にヒゴを用いる様に成ったのは

>弓胎弓(ひごゆみ)[ 江戸初期:17世紀頃? ]

江戸時代からと言う意見も有るだろうが
此れ以前に有ったと言う意見も有るだろうか
(銃の威力に対抗して
 焦がした竹を中心に置いた弓胎弓が
 登場した可能性も有るだろうが
 江戸時代前には有ったのかどうかだが)


http://www.a-rchery.com/toywakyu.htm
>これは寿命の尽きた和弓の弓を輪切りにしたものです。

> 和弓がこんな構造というか、こんな作りになっていたと
>は知りませんでした。まずは真竹(まだけ)を割いて断面
>が四角になるように作ります。これを「ひご」と呼ぶそうで
>すが、これを焦がしてカーボン化します。この「焦がす」こ
>と自体、竹の反発力を高めるためです。すごいでしょう。
> そして竹の皮と肉が左右の関係になるように張り合わ
>せます。それが芯部分の黒い所です。これを両側(左
>右)から黄櫨(はぜ)の木で挟み、前後(的側と顔側)を
>真竹で皮がどちらも外側を向くように、アーチェリーのリ
>ムのようにサンドイッチ構造で挟み込みます。

中の竹は確かに可也黒いが
外側と内側の竹の黒さと言うのは
大差無い様にも見えるが


http://kyu-do.hp.infoseek.co.jp/kyuugu.htm
  2、油抜き・乾燥
     炭火であぶり、油分を拭き取り、油抜きをする。
     油抜きによりつやのあるきれいな竹表面になる。
     内竹は燻し、煤を水洗いし、飴色になるまで1~2年繰り返し、煤竹とする。
  3、火入れ
     外竹は内側のみ火入れし、焦がし、真っ直ぐに調整する。
     内竹と中芯材は両面を火入れし、焦がし、調整して、竹を堅くする。
     内竹に煤竹を使用するのも、内竹は硬質である方が良いためである。

内竹は燻した後で
更に火を入れている様だが
ヒゴ部分より焦がしては居ない訳だろうか


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%82%A6
西欧の弓もクロスボウはリカーブボウに似ているかも知れぬし
リカーブボウの様な短弓を装備している兵も
描かれているだろうか


http://www.cryog.com/positbow40.html
>この弓は弓の上下を非対称(弓の上部を長く、弓の下部を短く)にして長い射程距離を保ちながら馬上での取りまわしをよくする
>ことを重点に置いたモンゴルタイプの弓を上下対称にし、命中精度の面で改良したしハンガリータイプです。

モンゴルの弓も蒙古襲来絵詞では
日本の弓程では無いが上下非対称の物が多いが
此れは精度には何処迄影響したのかどうかだが



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A8%8E%E5%B0%84
>またさらに完成度を高めた弓として、トルコ民族はさらに軽量・コンパクトな弓を用い、矢は両端が細く中央部に膨らみを持たせた造りにして飛翔力を高めた。

他国の矢に同様の構造は
有るのかどうかだが

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元寇の軍事分析 

http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/army/1189275357/

日本側としては槍を持つ重騎兵に
長巻を持つ歩兵や下馬した騎馬武者を
突破されるのが一番厄介かも知れぬが
モンゴルの重騎兵の槍は投げ槍と言う意見も有るし
此れなら精々1人倒せば終わりであり
陣に突入して蹂躙され何人も倒されると言う事は
無い訳だろうし
投げ槍を失った後の剣を持つ騎兵なら
長巻で十分対処出来た訳だろうか

重騎兵の投げ槍より
歩兵の槍の方が寧ろ厄介かも知れぬが
騎兵は兎も角歩兵は近接する前に射撃で可也
打撃を与えられる訳だろうし
モンゴル兵の弓の装備率は100%だろうが
主力である南宋や高麗の兵の弓の装備率はどうだっのかだろうし
弓を止められる盾は
何処迄有ったのかどうかだが
(日本側は掻盾や袖は可也
 装備されて居た訳だろうか)

>ノルマンディーでロンメルがいってた水際防御てやつです。

此れを完璧にやれた軍と言うのは
同時代には有るのかだろうし
西欧もバイキング等に対して此れは
出来て居たのかどうかだが


>この元連合軍に対して、防衛線を後退させながらも丸一日持ちこたえたのは、同時代
>の他国と比べても驚異的に善戦していると思う。

当時の欧州の歩兵はサーベル騎兵さえ阻止出来たのかだが
シルトロンやパイクが出る前にも
ヘースティングスではシールドウォールで
槍騎兵を防いだと言う記述も有るが
一部の歩兵が防げたに過ぎぬかも知れぬが
リチャードが取った様な荷車を盾にして騎兵を防ぐ様な
方法や
ヘンリー5世等が用いた
杭を使用する方法も有ったと言う事かも知れぬが
リーグニッツでは使用はされて居ない訳だろうか


日本の場合は南北朝時代に薙刀や槍で
騎兵を阻止したと言う記述が有るが
鎌倉時代にも長巻での騎兵阻止は恐らく
行われ居たと言う事かも知れぬが
精鋭歩兵と下馬した騎馬武者のみが
可能だったと言う事は無いのかだが

モンゴルは騎兵しか居ないから
西欧の槍騎兵の突撃等意味は無く
弓でパルティアンショットを受けて
後に重騎兵がピストル騎兵にやられた様に
一方的にやられると言う事かも知れぬが
リチャードの様に荷車を盾として
歩兵の射撃を利用すれば
勝算は有ったと言う事かも知れぬが

綿甲を着て居るモンゴル兵も多いし
此れは簡単に切れる様な代物なのかだが
(日本側も籠手は綿甲を使用しているが
 脚部の布は綿甲では無いから
 この部分を狙われればだろうし
 綿の兜も無い兵も多い訳だろうか)

>脚部の布は綿甲では無いから

平治物語絵巻を見ると
騎馬武者の大半は脛当てを装備しており
腿の部分に装甲の有る兵も居るが
全てでは無い訳だろうか

明光鎧と言うプレートアーマーの様な鎧が
隋の時代辺り迄使われて居た様だし
此れは矢を防ぐ能力は兎も角
白兵戦では札鎧よりは上だろうが
南宋軍は使用して居たのかどうかだが


モンゴル軍も綿甲を全身に施した兵が多いし
此れは長巻でさえクリーンヒットしないと
切り裂けないかも知れぬが
雑兵に重い長巻を受け流す能力は
有ったのかどうかだろうし
日本の兵の綿甲も無い脚を槍で狙うと言う事は
雑兵は出来たのかどうかだが
宋には重装甲(歩人甲)を装備した精鋭歩兵も居た訳だろうし
彼等は厄介だったと言う事は無いのかだが
無論長巻を止められる様な装甲では無い訳だろうが
彼等は精鋭兵とすると日本側の精鋭歩兵も含め
中々当てられたのかだろうし
日本側は精鋭歩兵も脚部に装甲は
絵を見る限り有るのかどうかだが


故に歩人甲を装備した様な精鋭歩兵が槍を振るったり
モンゴルの重装・軽装騎兵が下馬して剣を振るって来たら
厄介だったかも知れぬが
歩兵は近接前に矢で阻止され
騎兵は突撃中にも射撃を受け数を減らし
長巻で阻止されている間に
馬上の騎馬武者から射撃を受けて壊滅したと言う事かも知れぬが

モンゴル軍の綿甲はどう言う形式だったのかだが
西欧のギャンベゾンの様に綿が詰まって居るのかどうかだろうし
日本の籠手の様に分厚い布を重ねただけなら
矢を止める効果は何処迄有るのかだが
日本刀や長巻が掠めただけでは
切れるのかどうかだが

だぶだぶの綿甲と中に鉄甲を組み合わされれば
矢のエネルギーは可也減少すると言う事は無いのかだが
完全に止まる訳では無いと言う事かも知れぬが
西欧もゲクランの時代辺りにはプレートの上に
ギャンベゾンを装備していたが
此れはロングボウ対策なのかどうかだが
完全に矢は止まったのかどうかだが
(これが廃れたのはプレートアーマーの進化が原因なのか
 或いはロングボウが強力に成って
 防弾効果が無く成ったからなのか
 或いはゲクラン死後は古い
 敵の弓を考慮しない戦術に戻ったと言う事なのか
 どうかだが)

甲冑の上にだぶだぶの綿甲を装備すると言う形式は
モンゴル以後は廃れたかも知れぬし
綿の裏にに鋲を打って鉄板を固定した
ブリガンダインの様な鎧が主流に成った訳だろうが
防矢効果は此れは低下していると言う
事かも知れぬが
遠距離から銃弾を止める効果なら
札は大きいので高かったのかどうかだが

http://www.gaopu.com/soudai.html
南宋軍の場合は
上を見る限り歩人甲の上には
綿甲は装備して居るのかだろうし
防弾効果は何処迄有ったのかだが
足はブーツしか無いなら
この部分を刀や長巻で狙うと言う様な
方向も有った訳だろうが
掠めた程度では切れない訳だろうか

モンゴル軍も重騎兵の場合は綿甲は
甲冑の上に装備して居たのかどうかだが
高麗の軍はどうだったのだろうか

まあしかし良く見ると
腹部や肩に綿甲が有る様にも見えるが
此れは只の布であり
防弾を考慮した物では無く
飾りと言う可能性は無いのかだが


>歩兵用の甲冑である歩人甲は特徴として鎧が足下まで長く有る事で、歴史有る中国の
>甲冑の中でも最強の物と言えます。

まあしかし明甲鎧の方が胴体部分の打撃に対しては
札鎧である歩人甲より強力では無いのか
どうかだが


http://www.gaopu.com/godai.html
http://www.gaopu.com/ryoudai.html
上の兵が着て居る物が
綿甲なら
余り分厚くは無く
綿は入って居ない様にも見えるが


http://www.gaopu.com/jindai.html
金の兵は甲冑の上に綿甲を装備して居るのかだが
綿の入った様な布では無い様に見えるが

蒙古襲来絵詞ではモンゴル兵は大半の兵は兜を
被って居たが
実際は兜を被って居ない兵も
上を見る限り多いと言う事なのか
どうかだが

http://www.lib.kyushu-u.ac.jp/gallery/moukoshurai/e12.htm
蒙古襲来絵詞も上を見ると
兜を被って居ないモンゴル兵も
描かれて居る訳だろうか


http://members4.tsukaeru.net/ikkai/kenkyuu.htm
日本側も鎧直垂の下には一応着物が有る訳だろうし
腿や脚袢の有る
脛の部分に槍や刀が掠めた程度で切れはするのか
どうかだが
雑兵は脚には何も無い兵も
多い訳だろうか


http://members4.tsukaeru.net/ikkai/kenkyuu.htm
左袖と言うのは鎧直垂の袖は脱いでから
籠手を装備して居るから
綿のみの籠手を装備した場合は右袖に比べて
防御力は余り有る訳では無い訳だろうか

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